NIPPON STEEL日鉄溶接工業株式会社

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技術情報溶接Q&A

F089耐摩耗鋼板 ABREXR®(アブレックス)の溶接について

1. はじめに

日本製鉄(株)の耐摩耗鋼板ABREXは、土砂や岩石などの激しい摩耗に対して、優れた耐摩耗性を発揮します。また不純物が低く管理され、溶接性、加工性が配慮されているため、建設機械や各種産業機械の耐摩耗材料として、幅広く使用されています。
今回、耐摩耗鋼板ABREXの概要とともに、溶接材料の選定、溶接施工時の注意点を紹介します。

2. 耐摩耗鋼板ABREX(アブレックス)

耐摩耗鋼板ABREXは、ブリネル硬さ400、450、500、600の標準タイプ4種類と、ブリネル硬さ400、450、500で-40℃での衝撃性能を備えた高靭性タイプ3種類をラインアップしています(表1)。

表1 耐摩耗鋼板ABREXのラインアップ
タイプ 記号 狙いブリネル硬さ
(HBW)
シャルピー衝撃試験(L方向)
試験温度
(℃)
吸収エネルギー
(J)
標準タイプ ABREX 400 400
ABREX 450 450
ABREX 500 500
ABREX 600 600
高靭性タイプ ABREX 400LT 400 -40 ≧27
ABREX 450LT 450 -40 ≧27
ABREX 500LT 500 -40 ≧21

 

3. 溶接材料

摩耗鋼板ABREXを用いた製作物の使用目的別に適用可能な溶接材料を表2に示します。
 
例えばバケットなどの製作にて、土砂などが接触しない、あるいは、接触しにくい溶接個所、つまり摩耗のリスクが低い溶接部の耐摩耗性を考慮しない場合、常に土砂などが接触し摩耗のリスクが高い溶接部の耐摩耗性を考慮する場合などがあります。これらの使用目的に対して最適な溶材選定を行うことで、製作物の長寿命化、コストダウンに貢献することができます。

また、予熱が行えない場合にはオーステナイト系ステンレス鋼溶接材料(309系)を選択します。

表2 耐摩耗鋼板ABREXへの適用可能な溶接材料一例
使用目的例 対象鋼種 溶接法 溶接材料
銘柄 規格 シールドガス 溶接姿勢
溶接部の
耐摩耗性を
考慮しない場合 1)
ABREX 400
ABREX 450
ABREX 500
ABREX 400LT
ABREX 450LT
ABREX 500LT
SMAW L-55 JIS Z 3211 E4916-U
AWS A5.1 E7016 該当
全姿勢
GMAW YM-26 JIS Z 3312 YGW11
AWS A5.18 ER70S-G 該当
CO₂ 下向、横向、
水平すみ肉
YM-28S JIS Z 3312 YGW15
AWS A5.18 ER70S-G 該当
Ar+CO₂ 全姿勢
FCAW SF-1 JIS Z 3313 T49J0T1-1CA-UH55
AWS A5.36 E71T1-C1A0-CS1 該当
CO₂ 全姿勢
溶接部の
耐摩耗性を
考慮する場合 2)
ABREX 400
ABREX 400LT
SMAW L-80 JIS Z 3211 E7816-N5CM3U
AWS A5.5 E11016-G 該当
全姿勢
GMAW YM-80C JIS Z 3312 G78A2UCN5M3T
AWS A5.28 ER110S-G 該当
CO₂ 下向、
水平すみ肉
YM-80A AWS A5.28 ER110S-G 該当 Ar+CO₂ 下向、
水平すみ肉
YM-100A Ar+CO₂ 下向、
水平すみ肉
予熱温度
低減のため
ステンレス系
溶接材料を
適用する場合
ABREX 400
ABREX 450
ABREX 500
ABREX 400LT
ABREX 450LT
ABREX 500LT
SMAW S-309・R JIS Z 3221 ES309-16
AWS A5.4 E309-16 該当
全姿勢
FCAW SF-309L JIS Z 3323 TS309L-FB0
AWS A5.22 E309LT0-1 該当
CO₂ または
Ar+CO₂
下向、
水平すみ肉
SF-309LP JIS Z 3323 TS309L-FB1
AWS A5.22 E309LT1-1 該当
CO₂ または
Ar+CO₂
全姿勢
ABREX 600 FCAW SF-309MoL JIS Z 3323 TS309LMo-FB0
AWS A5.22 E309LMoT0-1 該当
CO₂ または
Ar+CO₂
下向、
水平すみ肉
SF-309MoLP JIS Z 3323 TS309LMo-FB1 該当
AWS A5.22 E309LMoT1-1 該当
CO₂ または
Ar+CO₂
全姿勢

4. 耐摩耗鋼板ABREXの予熱について

耐摩耗鋼板ABREXでの溶接における必要予熱温度の目安を表3に示します。
板厚11mm以下のABREX400、450、500、400LT、450LT、500LTと幅広い鋼種で予熱フリーで取り扱うことができます。

溶接部の耐摩耗性を考慮しない、あるいは溶接継手の設計強度が低い場合には、低水素系の汎用溶接材料が適用でき、予熱温度を軽減することができます。溶接部の耐摩耗性を考慮する、あるいは溶接継手の設計強度が高い場合には、高張力鋼用の溶接材料を適用し、割れ感受性が高くなるため、予熱温度に留意する必要があります。

通常溶接は、すみ肉溶接、あまり拘束が厳しくない突合せなどの溶接継手を想定しています。補修溶接は、拘束力が大きくなり、かつ冷却速度が速くなるため、通常溶接より、予熱温度を高くする必要があります。

なお、予熱温度は、鋼材、溶接材料の炭素当量、鋼材板厚、溶接部(母材含む)の硬さ、溶接部の拘束、溶接条件、冷却速度などに影響されます。そのため、必要に応じて、y形溶接割れ試験などを行い、予熱温度を決定してください。

表3 耐摩耗鋼板ABREXでの溶接における必要予熱温度の目安℃
使用目的例 銘柄 対象鋼種 溶接条件 1) 板厚 mm
4.5~11 ~ 20 ~ 25 ~ 36 ~ 50 ~ 100
溶接部の
耐摩耗性を
考慮しない場合
YM-26 2)
YM-28S 2)
SF-1 2)
ABREX 400 通常溶接( 拘束小) RT RT 50 50 75 125
補修溶接( 拘束中) RT RT 75 75 100 150
ABREX 450 通常溶接( 拘束小) RT RT 50 75 75 175
補修溶接( 拘束中) RT 50 75 100 100 200
ABREX 500 通常溶接( 拘束小) RT 50 75 100 125 175
補修溶接( 拘束中) RT 100 100 150 150 200
ABREX 400LT 通常溶接( 拘束小) RT RT 75 75 100 125
補修溶接( 拘束中) RT RT 100 125 125 150
ABREX 450LT 通常溶接( 拘束小) RT RT 50 150 150
補修溶接( 拘束中) RT 50 75 200 200
ABREX 500LT 通常溶接( 拘束小) RT 50 75 175 175 175
補修溶接( 拘束中) RT 100 100 200 200 200
溶接部の
耐摩耗性を
考慮する場合
YM-80C 2)
YM-80A 2)
ABREX 400 通常溶接( 拘束小) 100 100 100 100 100 125
補修溶接( 拘束中) 100 100 100 100 100 150
ABREX 400LT 通常溶接( 拘束小) 100 100 100 100 100 125
補修溶接( 拘束中) 100 100 100 125 125 150
予熱温度
低減のため
ステンレス系
溶接材料を
適用する場合
S-309・R 3)
SF-309L 3)
SF-309LP 3)
ABREX 400 通常溶接( 拘束小) RT RT RT RT RT RT
補修溶接( 拘束中) RT RT RT RT RT RT
ABREX 450 通常溶接( 拘束小) RT RT RT RT RT 75
補修溶接( 拘束中) RT RT RT RT RT 100
ABREX 500 通常溶接( 拘束小) RT RT RT RT RT 75
補修溶接( 拘束中) RT RT RT RT RT 100
ABREX 400LT 通常溶接( 拘束小) RT RT RT RT RT RT
補修溶接( 拘束中) RT RT RT RT RT RT
ABREX 450LT 通常溶接( 拘束小) RT RT RT 75 75
補修溶接( 拘束中) RT RT RT 100 100
ABREX 500LT 通常溶接( 拘束小) RT RT RT 75 75 75
補修溶接( 拘束中) RT RT RT 100 100 100
SF-309MoL 3)
SF-309MoLP 3)
ABREX 600 通常溶接( 拘束小) RT 100 100
補修溶接( 拘束中) RT 125 125
1)溶接入熱:1.7kJ/mm
2)拡散性水素<3mL/100g
3)拡散性水素<1mL/100g、RT:室温(予熱なし、気温が5℃以下の場合、20℃以上の予熱を推奨します。)
 これらの拡散性水素量は、予熱温度の目安を評価するための前提条件であって、性能を保証する値ではありません。

4. 耐摩耗鋼板ABREXの予熱について

耐摩耗鋼板ABREXの溶接は、通常の溶接施工管理と同様に取り扱うことができますが、その中でも、特にご注意をいただきたいポイントについて、表4にまとめます。

表4 溶接作業における注意点
No. よくあるご質問 回答
1 鋼種が異なる(異材)場合や板厚が異なる場合の、
予熱温度を教えてください。
鋼種が異なる場合、必要予熱温度が高い側の予熱温度を採用してください。
板厚が異なる場合には、板厚が厚い側の予熱温度を採用してください。
2 寒冷地での予熱の注意点はありますか? 予熱なし(RT)でも、気温が5℃以下の場合、20℃以上の予熱を推奨します。
3 予熱温度の上限は何度ですか? 予熱温度の上限温度は、200℃とします。
加熱時には、表面温度が250℃を超えないように制御してください。
4 組立溶接(タック溶接)の予熱温度は? 組立溶接などの低入熱での溶接は、補修溶接の予熱温度を適用してください。
5 組立溶接(タック溶接)での注意点は? 溶接ビードの長さ≧50mm、溶接ビードのピッチ間隔:150~300mmを推奨します。
6 予熱に使用する加熱装置を教えてください。 簡易的なガスバーナーが適用できます。
溶接長が長い、長時間均一に加熱したい場合には、電気抵抗加熱器を推奨します。
7 予熱の加熱範囲を教えてください。 開先より100mm以上または、板厚の3倍以上とします。
なお、温度測定位置は、開先より約50mm離れた母材表面とします。
8 予熱温度はいつまで保持しますか? 溶接が完全に終わるまで保持してください。
9 パス間温度の管理条件を教えてください。 パス間温度の下限は、必要予熱温度以上です。
上限温度は、予熱と同じ、200℃です。
10 溶接後熱処理(PWHT)は適用できますか? 鋼材の特性上、溶接後熱処理(PWHT)は行わないでください。
11 補修作業での欠陥除去方法を教えてください。 エアアークガウジングを使用できますが、グラインダなどで仕上げてください。
ABREX600には、エアアークガウジングは適用できません。グラインダなど研削をしてください。
12 補修溶接での注意点を教えてください。 溶接ビード長さ≧80mmとし、2パス以上の積層溶接を行ってください。
補修溶接では再熱割れなどが発生しやすいため、非破壊試験で疵の有無を確認してください。
 

6. おわりに

今回、耐摩耗鋼板ABREXへ適用可能な溶接材料と予熱温度などの溶接施工における注意点を紹介しました。
ご不明な点がございましたら、耐摩耗鋼板ABREXについては、日本製鉄(株)まで、溶接材料については、当社までお問い合わせください。

<お問い合わせ先>
耐摩耗鋼板ABREX:日本製鉄(株)TEL.03-6867-4111
溶接材料:品質管理部 商品技術グループ TEL.03-6388-9123

<参考文献>
1)耐摩耗鋼板ABREX&®(アブレックス),日本製鉄(株)商品カタログ
2)耐摩耗鋼板ABREX&®(アブレックス)─溶接ガイドライン─、日本製鉄(株)商品カタログ
ABREX®は、日本製鉄(株)の登録商標です。