NIPPON STEEL日鉄溶接工業株式会社

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技術情報溶接Q&A

F009耐火鋼の溶接について

1. はじめに

わが国の建築鉄骨の需要量は、バブル経済崩壊後大幅に減少し、鋼材使用量もかろうじて年間800万トン台の水準であり、同時に製作単価も低迷したままで、今後の復調が期待される状況にあります。現在、建築用鋼材については、耐火鋼、高性能590N/mm²鋼、建築構造用ステンレス鋼等いろいろな新しいものが開発され、建築技術発展の一翼を担っている状況にあります。中でも耐火鋼については、1987年建設省の新耐火設計法制定に対応し、火災時の高温においても耐力を維持することにより、耐火被覆の工事量を低減することを目的に開発され、今まで多くの建築物に採用されてきました。特に、最近では駐車場、駅ビルなど火災性状を予測し、鋼材温度を算定して、鋼材温度が600℃以下となる設定のもとに無被覆で多用される傾向にあります。

以下に、耐火鋼および溶接材料の特性と溶接施工について紹介します。

2. 耐火鋼の材料特性と溶接性

耐火鋼は、一般鋼にMo、Nbなどの合金元素を添加して高温耐力を向上させた鋼材です。鋼材は、一般に高温になると強度が低下します。図1は、高温時の降伏点(以下高温耐力)が温度とともに低下する傾向を、耐火鋼と一般鋼について示したものです。一般鋼の高温耐力は、350℃近辺で常温時降伏点規格値の2/3に低下し、火災時に建築物に要求される耐力を下回るため、建設省告示第2999号では、火災時の鋼材の許容温度を平均350℃と規定し、この温度以下となるように、鉄骨に耐火被覆を施すことを義務付けています。しかし、耐火鋼の場合は、常温での強度は一般鋼と同レベルですが、600℃でも常温時降伏点規格値の2/3※が保証されているので、600℃以下になるように断熱しさえすれば、耐火被覆が大幅に軽減できます。さらに建築物の火災条件・設計条件によって、火災時に鋼材温度が600℃を超えないようにすれば、無被覆とすることも可能です。耐火被覆工事を省略できることにより、工期短縮、室面積の有効利用、作業環境の改善(吹付け作業)の利点が生まれます。

図1
図1

耐火鋼の材料特性の例を一般鋼と比較して以下に示します。表1は、化学成分の一例です。耐火鋼にはMoとNbが添加され、一般鋼に比べてCeqは高いが、C、Si、Mnの含有量が低く、Pcmは低くなっています。表2に機械的性質の一例を示します。室温での引張特性および0℃での衝撃特性は一般鋼と同様にJIS規格を十分満足しており、耐火鋼といえども、構造設計上は一般鋼と全く同じに扱えることを裏付けています。また、600℃における高温耐力は、常温降伏点規格値の2/3以上を十分満足し、優れた耐火性能を有しています。図2にy形溶接割れ試験の結果を示します。一般鋼に比べてPcmの低い耐火鋼の方が、低い予熱温度で溶接割れを防止できる結果となっています。すなわち、耐火鋼は一般鋼と同等以上の溶接性を有していると言えます。

表1
表1

表2
表2

図2
図2

以上述べたように、耐火鋼の特徴をまとめると次のようになります。
(1)高温耐力が一般鋼と比べて著しく高く、600℃での降伏点が、常温規格値の2/3以上を保証されています。
(2)常温性能は、溶接構造用圧延鋼材規格(JlS G 3106)を満足します。
(3)一般鋼と同等以上の溶接性を有します。

3. 耐火鋼用溶接材料について

●3-1 耐火鋼用溶接材料の特性について
耐火鋼を溶接する場合、溶接継手部についても鋼材と同等以上の耐火性能が要求されるので、耐火鋼用溶接材料を使用する必要があります。耐火鋼用溶接材料は、高温耐力が向上する元素を溶接金属に添加して、高温耐力保証値が得られるように設計されています。当社耐火鋼用溶接材料の設計上の考え方を以下に紹介します。

(1)適正な高温耐力向上元素(Mo)の添加
図3に被覆アーク溶接(以下SMAW)における溶接金属中のMo量と常温引張強さおよび600℃耐力の関係を示します。Mo量が増えるに従い強度は向上し、耐火鋼用溶接材料として必要な高温耐力の確保には適量のMoが必要なことが分かります。また、常温強度が高過ぎても、溶接割れの原因となるため問題となりますが、Mo量が増えるに従い常温引張強さより600℃耐力の向上比率が大きく、適正なMo量を選定することにより、常温強度をあまり上げずに高温耐力保証値を満足させることが可能です。その他高温強度を確保する元素としてNb、Crがありますが、溶接材料に添加する元素としてはMoが最も有効と考えられます。特に、ガスシールドアーク溶接(以下GMAW)ワイヤのMo量は、多層溶接における層間温度管理およびサブマージアーク溶接(以下SAW)の下盛りに使用した場合の再熱による高温耐力
の低下を考慮し、若干高めの設定になっています。
 
図3
図3
 
また、図4に示すように耐火鋼は通常0.5%程度のMoを含有するため、SAWのように母材希釈の大きい溶接法は希釈率が大きくなるにしたがい、溶接金属中のMo量が増加し、高温耐力も向上する傾向にあります。そのため、SAW溶材はワイヤ、フラックスの組合せによりこの点をも考慮した成分設計になっています。

図4
図4
 
(2)溶接金属の極低水素化
耐火鋼用溶接材料の常温強度は、高温耐力保証値を確保するため、一般鋼用溶接材料より若干高めになっています。したがって、耐割れ性を一般鋼用溶接材料なみにするため溶接金属の拡散性水素量は極力低くする設計にしています。表3に拡散性水素量の測定結果の一例を示します。

表3
表3
 
(3)その他
従来、一般鋼用として大入熱溶接におけるじん性向上のためTi-B系としていた溶接材料については、高温にお書ける延性低下に影響するため、Ti、B量を調整し、適量にすることにより、高温伸びを確保しています。そのため、当社SAWフラックスは一般鋼用と区分するため、別銘柄となっています。

以上の特性を持った当社の耐火鋼用溶接材料の一覧を表4に示します。

表4
表4
 
●3-2 軟網耐火鋼用溶接材料
最近、立体駐車場など低層建物には剛性確保の点から高張力鋼を使用する必要がなく、軟鋼(400N/mm²級)の耐火鋼を使用する場合があります。従来、軟鋼および490N/mm²級耐火鋼が混在する場合は、溶接材料管理の面から490N/mm²級用溶接材料が使用されてきました。しかし、軟鋼が主体となる建物については軟鋼耐火鋼用溶接材料の供給要望があります。当社は、表5に示す軟鋼耐火鋼用溶接材料の品揃えをしています。

表5
表5

軟鋼用といえども、母材希釈の少ないSMAW、GMAW溶接については図5に示すように、高温耐力保証値を確保するために、単純Si-Mn系で常温強度を高くするよりも若干のMoを添加した方が高温耐力が得やすく、有効と考えられます。

図5
図5

●3-3 耐候性耐火鋼用溶接材料
外部鉄骨建築物など耐火性に加えて耐候性を付与した耐火鋼も実用化されています。耐候性耐火鋼用溶接材料を表6に示します。

表6
表6

4. 溶接施工について

今までに、耐火鋼建築物の実績は50数件に及び、その大部分に当社溶接材料が採用され、GMAWのソリッドワイヤを主体に累計1,500㌧を超える溶接材料をご使用いただいています。

耐火鋼の溶接施工は、溶接性の良好な鋼板と溶接材料との組合せにより、一般鋼と同様な管理で問題なく実施できています。一例として、耐火鋼の溶接施工性および溶接継手部性能を確認するために、実物大の柱・梁仕口および柱・柱継手部試験体を製作して、各溶接継手部から切り出した試験片で引張試験およびシャルピー衝撃試験を実施した例3)を紹介します。

試験体の形状を図6に、各接合部における鋼材の組合せを表7に示します。柱スキンプレートとダイヤフラムは、4面非消耗ノズル式エレクトロスラグ溶接(SESNET溶接)で接合され、柱角継手部は、CO₂アーク半自動溶接と2電極SAWの組合せで接合されました。それぞれの開先形状を図7に、溶接材料と溶接条件を表8に示します。CO₂アーク半自動溶接の時は、水分除去の目的で20℃以上の子熱が行われましたが、SAWおよびSESNETでは特に子熱なしに施工されています。また、CO₂アーク半自動溶接の層間温度は350℃以下で管理されました。

表7
表7

表8
表8

図6
図6

図7
図7
 
(1)溶接施工性
耐火鋼の溶接施工性は、一般鋼と大差ないことが確認されました。

(2)溶接継手部性能
図8に各継手部から採取した試験片による引張試験の結果を示します。構造および耐火設計上、問題のない強度を有していることが確認されました。

図8
図8
 
図9に各継手部から採取した試験片によるシャルピー衝撃試験の結果を示します。大入熱で溶接されたSESNET溶接の熱影響部およびボンド部において、耐火鋼、一般鋼とも低い吸収エネルギー値が認められた以外は、良好な値が得られています。

図9
図9

表9に硬さおよびマクロ試験の結果を示します。特に、問題となるような硬化あるいは軟化は認められず、マクロ試験も良好な結果でした。

表9
表9
 

5. おわりに

今まで耐火鋼を使用する建築物については、物件毎に個別評定を取得してきましたが、主要市場である立体駐車場については、年度内にも建設大臣の一般認定が取得できる見通しとなっています。これにより、ますます耐火鋼物件が拡大されるものと考えられます。今後とも当社耐火鋼用溶接材料をご愛顧噸います。

※ 常温規格値の2/3とは、建物の自重を支持できる強度、すなわち長期許容応力度に相当するものです。


<引用文献>
1)「建築構造用耐火鋼材(NSFR)」新日鐵カタログ(Cat. No.AC104)
2)望月「最近開発された建築構造用鋼材」、第20回実用溶接講座テキスト
3)後閑、他「耐火鋼の材料特性と溶接性」鋼構造年次論文報告集第1巻(1993年7月)、P.505~512