NIPPON STEEL日鉄溶接工業株式会社

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技術情報溶接Q&A

F029長尺(15m)コンジットケーブル対応ワイヤの開発

はじめに

従来、通常の造船所の溶接現場で用いられている、FCW(フラックス入りワイヤ)用のコンジットケーブルは6mとなっています。このため、船体の各ブロックで溶接作業をし終えると、スプール付きの送給機を持ち運びながら次のブロックヘ移動しており、身体上の負担とともに、作業能率の低下にもつながっています。(図1)
 
図1 造船所内の配置例の模式図
図1 造船所内の配置例の模式図

そこで、近年、送給機を移動することなくブロック間を移動して、溶接作業を継続するために、このコンジットケーブルを出来るだけ長くしたい、つまりコンジットケーブルの長尺化の要請が強くなっています。これに応えるために、15mのコンジットケーブルでの使用に耐えるワイヤを開発しました。

以下に、その技術のポイントと改善点等について紹介します。

技術のポイント

コンジットケーブルが長くなると、まず、送給機から送り出される溶接ワイヤに対する抵抗(送給抵抗)が大きくなりますので、このワイヤを送り出す送給ロ一ラとワイヤの間にスリップが生じ、ワイヤが一定の速度で送り出せなくなる事態(送給不良)が発生します。従って、長尺コンジットケーブル化のためのポイントは、安定した速度でワイヤを送り出し続ける状態(送給性能)を維持することにあり、ワイヤとライナの滑り性の向上、および送給ロ-ラの滑り性の低下(グリップ力の向上)が重要です。

さらに、ワイヤの送給抵抗がある程度大きくなったとき、それに応じてロールのグリップ力を上げていくと、ワイヤがコンジットケーブルの中で座屈する恐れがあり、ワイヤの座屈の防止対策も必要となります。また、長尺のコンジットケーブルを長期にわたって使用していると、コンジットケーブル内部のライナに異物が詰まり、これが送給抵抗を増大させる結果にもなりますので、ライナ詰まりの対策もゆるがせに出来ません。

改善点

1.滑り性の改善
今回の送給性能の第1の改善点は、ワイヤとライナの間の滑り性の向上です。図2のように、15mのコンジットケーブルが、ブロック間の隔壁に架かって出来る100~200Rの山を2つ越した、2つ目のブロックでの溶接作業を想定した場合の送給抵抗は6mのコンジットケーブルの場合の約3倍にもなります。元々、当社のFCWは継ぎ目無しタイプですから、座屈しにくく、高い送給抵抗には強く、かつ、銅めっきを施してありますので、滑り性は他社を凌いでいます。ただし、この15mのコンジットケーブルの抵抗は大きすぎます。そこで、銅めっきに加えて新しい潤滑剤を採用し、さらに一段と滑り性を向上させ、送給抵抗をワイヤの座屈限界以下に抑えることに成功しました。
 
図2 実験室内15mケーブル屈曲模式図
図2 実験室内15mケーブル屈曲模式図

2.グリップ性の改善
それでもこの送給抵抗は従来の2倍以上の大きさとなっています。この大きな送給抵抗に耐えるよう、送給ローラのグリップ力を向上させるために、通常、2ロール1組のシングルローラ(図3-a)を用いているのに対して、2ロール2組のダブルローラ(図3-b)を採用しました。これによって、ローラによる加圧力を大きくしてワイヤを傷つけることもなく、送り力の増大、安定性の確保を達成する事が出来ました。
 

図3 シングルローラ方式(a)とダブルローラ方式(b)の送給機の比較
図3 シングルローラ方式(a)とダブルローラ方式(b)の送給機の比較

図4のように、今回の改善ワイヤを用いた場合、15mのコンジットケーブルでは、(a)シングルローラの場合にも、(b)ダブルローラの場合にも送給抵抗は約6kgfですが、シングルローラのスリップ率は20%を越えるのに対して、ダブルローラのスリップ率は約5%と安定しています。
 
図3 シングルローラ方式(a)とダブルローラ方式(b)の送給性の比較
図4 シングルローラ方式(a)とダブルローラ方式(b)の送給性の比較

3.ライナ詰まりの改善
さらに、ワイヤの製造工程における特殊処理により、表面の清浄化を徹底するとともに、潤滑剤の付着量を必要最少限に制御することにより、ライナ詰まりを防止し、ライナの寿命を従来の2倍以上に延長しました。

4.作業性の改善
一方、長尺コンジットケーブルにおいては、溶接条件(溶接電流や電圧)の調整を細かく行うと、遠くの送給装置や溶接電源までの往復による時間のロスが大きくなることになります。この点、当社のFCWは、従来より全姿勢ワイヤとしての性能が高く、溶接方向やトーチの向きにかかわらず、一定の溶接条件で作業が継続できることから、もともと長尺コンジットケーブルに適したワイヤであるといえますが、今回、特に、立向き下進の作業性についても改良を加えています。

今後の発展性

長尺化によって、送給機を運ぶ必要が無くなるため、小型のプラスチック製のスプール巻にしていたワイヤを、大容量のパック装填型に変えることが可能となり、産業廃棄物の低減につながるので、環境にも優しいワイヤにもなり、さらにこのワイヤヘの需要が増えるものと考えられます。
なお、今回の開発技術については、特許出願中です。

おわりに

以上、長尺コンジットケーブル対応ワイヤの開発について述べてきましたが、今後、各造船所での実用化を図ると共に、さらなる長尺化に対応できるよう開発を進める予定です。また、現在では、Φ1.2mmのワイヤに長尺コンジットケーブルを適用していますが、将来は、送給抵抗が大きいΦ1.4mmのワイヤに適用することも検討していきたいと考えています。