技術情報溶接Q&A
F049低温用鋼用溶接材料と施工要領
1. はじめに
低温用鋼は使用温度の下限値約-10℃よりも低い温度で使用される鋼材で、その代表的なものにアルミキルド鋼、低温用高張力鋼、1.5 ~ 2.5%Ni鋼、3.5%Ni鋼、5%Ni鋼、9%Ni鋼、オーステナイト系ステンレス鋼などがあります。その利用は主として石油・ガスエネルギー関連分野の生産(海洋構造物)・輸送(ガス運搬船、パイプライン)・貯蔵(圧力容器)などの分野で使用されています。低温用鋼はその溶接構造物の健全性、信頼性および安全性を確保するために、最低使用温度における脆性破壊に対する抵抗が優れていることが必須要件です。特に、脆性き裂の伝播を停止する特性(アレスト性)が要求されるようになっています。それに伴って溶接継手部にも、より高い靭性値が要求されており、海洋構造物を中心に破壊靭性値として、き裂開口変位試験(CTOD 試験;Crack Tip Opening Displacement test)の要求が付加されるようになってきており、溶接材料の選択、施工法の確立が経済性、生産性の面からも重要です。
ここでは、低温用鋼用溶接材料のうち、使用温度として-100℃程度までのアルミキルド鋼および低Ni鋼の溶接に適用される溶接材料の現状と施工要領について紹介します。
2. 低温用鋼
LPG(液化石油ガス;Liquefied Petroleum Gas)やLNG(液化天然ガス;Liquefied Natural Gas)は家庭の暖・厨房用プロパンとしてもおなじみですが、その他に自動車や工業用のエネルギー、都市ガス原料、化学工業用原料として広く使用されています。LPGやLNGが急増するようになった背景には、産業・社会のニーズに応える低温技術が発達し、大量輸送・貯蔵が容易になったことが挙げられます。LPGを例にとると、ガスは沸点(-45℃)では常圧で、臨界温度(96.8℃)以下では加圧により液化できる、同一容量の容器で300倍大量に貯蔵・運搬ができる、取扱いも能率的で安全などの長所があります。これらの運搬・貯蔵タンクには、低温圧力容器用鋼板を使用します。表1に各種石油ガスの液化温度と適用鋼材の種類を示します。SLA材(JISG3126低温圧力容器用炭素鋼)は、アルミキルド炭素鋼で、焼きならし(N;Normalizing)または焼入れ焼戻し(QT;Quench Tempering)処理によって結晶粒は微細化され、低温靭性に優れています。SLN材(JIS G3127 低温圧力容器用Ni鋼)はNi含有鋼で、2.5%Ni、3.5%Ni等の種類があります。
制御圧延加速冷却や直接焼入れなどの加工熱処理(TMCP;Thermo-Mechanical Control Process)によって製造された低温用鋼の靭性は破壊靭性、特に、き裂伝播停止特性に優れています。
表1 各種石油ガスの液化温度と適用鋼材
ガスの種類 | 液化温度(℃) | 適用JIS | 適用ASTM |
アンモニア | -33.4 | SLA235A、SLA235B SLA235A、SLA235B SLA360、SLA410 |
A516Gr.55、A516Gr.60 A516Gr.60、A537Cl.2 A537Cl.2 |
プロパン | -45.0 | ||
プロピレン | -47.7 | ||
硫化水素 | -60.4 | SL2N255(2.5Ni) | A203C |
炭酸ガス | -78.6 | SL3N255(3.5Ni) SL3N275(3.5Ni) SL3N440(3.5Ni) |
A203D A203E A203F |
アセチレン | -84.0 | ||
エタン | -88.3 | ||
エチレン | -103.7 | SL5N590(5Ni) | A645 |
3. 低温用鋼用溶接材料
表2に低温用鋼の溶接継手部に求められる品質要求と当社がこれまでに対応した手段を示します。また、表3は、現在当社が市販している代表的な低温用鋼用溶接材料を溶接法区分別に示したものです。
表2 低温用鋼用溶接材料の要求品質特性と対応
要求される特性 | 要求の意義 | 対応手段 |
シャルピーの衝撃靭性 | ・脆性破壊抵抗の確保 | ・Ni量の適量添加 ・Ti-B 系溶材の適用 |
CTOD特性 | ・欠陥が内在した時の脆性破壊抵抗の確保 | |
強度及び硬度 | ・強度維持と部材厚の減少 | ・Mo等の合金元素添加 |
耐割れ性 | ・脆性破壊発生の防止 | ・超低水素化 |
溶接作業性 | ・溶接欠陥の防止 ・疲労破壊発生の防止 ・作業能率の向上 |
・フラックス組成の調整 ・シールドガス成分の選択 |
溶接能率 | ・建造期間の短縮 ・建造費の低減 |
・高能率自動溶接法の適用 ・大入熱溶接材料 |
490MPaクラスの低温用鋼における低温靭性は従来の冶金的手法によると、NiやMoなどの合金元素を少量添加するのが一般的でした。例えば、大入熱サブマージアーク溶接では所期の低温靭性が得られたとしても、溶接金属マトリックスが同時に硬化するため強度が490MPa低温用鋼のスペック上限を超えることを経験しました。この問題を解決すべく研究の結果、図1に示す通り微量のTi、Bを同時添加し、ミクロ組織を微細化することにより所期の目的を達成することができました。この構想は当社が他社に先がけ実現したもので、現在Ti-B系溶接材料として-60℃以下仕様の溶接に広く適用しています。図から明らかなように、低Ni溶接材料より優れた低温靭性が得られています。また、Ti-B系溶接材料の開発で厳しいCTOD仕様は充分満足出来るようになったと言っても過言ではありません。


E8016C1 | Ti-B | 姿勢 | |
─ | ■ | 立向上進 | 後熱処理 |
★ | ● | 溶接のまま | |
─ | ▲ | 下向 | |
─ | ● | 横向 | |
後熱処理:600℃×1h |
図1 Ti 及びB の微量添加による溶接金属の靭性の改善
4. 低温用鋼用溶接材料の施工上の注意事項
溶接継手の低温靭性確保のためには、母材熱影響部および溶接金属の特性に注意して適正な溶接材料と適正な溶接施工条件を設定する必要があります。特に3.5%Ni鋼の溶接に際しては、溶接部の冷却速度が遅くならないように溶接入熱を3kJ/mm以下程度に制限することや、積層方法を多層盛りにして再熱細粒化組織を極力多くする方法等によりミクロ組織の微細化を図る必要があります。また、3.5%Ni系の溶接金属は高温割れ感受性が高くなり溶接金属の凝固相がδ + γ相となる場合には、NiS等の低融点化合物が形成されやすく、高温割れ防止のためには溶接電流や溶接速度が過大とならないような溶接条件の選択が必要です。さらに、低温割れ防止のためには予熱や溶接入熱の管理により溶接金属の冷却速度が過大にならないよう注意が必要です。
低温用被覆アーク溶接棒の被覆剤の系統は、溶接金属の低酸素化と低温割れの防止から低水素系の被覆剤系が使用されています。これらの溶接棒はタック溶接(仮付け)用の場合も含めて、使用前に充分な乾燥を行う必要があるとともに、予熱を確実に行うことが重要です。しかし、Ti-B系溶接材料といえども溶接がまずく、大気から溶接金属に窒素が侵入すると図2に示すように低温靭性が劣化するのでアーク長を短めに保つ等の運棒操作が重要です。
低温用ソリッドワイヤは、図3に示すようにシールドガスにArに5 ~ 25%のCO₂を混合したガスを用いることが多く、溶接金属を低酸素化して良好な低温靭性を得られるようにしています。Ar+5 ~ 25%CO₂系の混合ガスを用いる場合には、シールド不良による窒素の混入に注意する必要があります。シールド不良はシールドガス流量が過剰である場合にも乱流が発生して起こることがあり、溶接電流や溶接速度ごとに適正なガス流量範囲を設定する必要があります。
低温用フラックス入りワイヤで全姿勢溶接用は、半自動溶接を高能率に行うためルチール系のスラグ組成となっており、溶接金属の酸素レベルはソリッドワイヤに比べて高めですが、フラックスから強脱酸剤やTi、B等を有効に添加できるため、シールドガスに100%CO₂ガスを用いても-60°Cまで適用可能なSF-36E、SF-36Fがあり、LPG船や海洋構造物等の用途に多く使用されています。図4に示すように過大な溶接入熱により、溶接金属組織が粗大化しないよう注意する必要があります。また、フラックス入りワイヤは、ソリッドワイヤに比べアークの広がりは良好ですが、溶込みが浅くなりやすい傾向があるので、小入熱で多層溶接となるような場合には、前パスのスラグ除去を確実に行うとともに、溶接速度が過大とならないような施工が必要です。
低温用サブマージアーク溶接は、高能率であることから極厚の部材を中心に使用されており、大入熱溶接条件を用いても良好な溶接金属の低温靭性が得られます。しかし、入熱が過大になるとボンド部の靭性が劣化する場合もあるので鋼材の入熱制限を考慮した施工条件を選択する必要があります。サブマージアーク溶接では、主な合金成分はワイヤから供給されますが、Bや他の成分がフラックスから供給されることもあるので、溶融フラックスおよびボンドフラックスいずれの場合にもフラックスとワイヤの組合せが適正になることが重要です。
表3 低温用鋼用溶接材料


図2 Ti-B系溶接棒(N-110)の-50℃のCTOD値に及ぼす溶接金属中窒素の影響

図3 3.5%Ni系ソリッドワイヤによるシールドガス組成と溶接金属の吸収エネルギーとの関係

図4 低温用鋼用フラックス入りワイヤの衝撃特性に及ぼす入熱量の影響
5. おわりに
ここでは鋼材、溶接材料および施工上の注意事項を中心に説明しました。今後、各種構造物における高強度化・高靭性化の要求はますます高まっていくと考えられます。このような要求に対しても充分対応しうるものもありますが、さらなる低温靭性の向上・安定化が必要と思われます。また、大電流化・大入熱化などの適用溶接条件範囲の拡大も課題です。当社は、これらに対応した溶接技術開発を行ってまいりますので、よろしくご愛顧のほどお願いいたします。