NIPPON STEEL日鉄溶接工業株式会社

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技術情報溶接Q&A

F059最近の建築分野での高性能鋼と溶接材料

1. はじめに

近年、建築構造用に使用されるボックス柱や鋼管柱は、高強度・厚肉化の傾向が高まっています。従来の鋼種では、JIS規格SN490やSM520に代表されるように降伏強さ(以下、YP.)として325~355MPaが標準レベルで、稀にYP.440MPa級の建築構造用高性能鋼材(引張強さ590MPa級)が適用される程度でした。しかしながら、最近の超高層建築には、多様な設計要求に対応したYP.385~500MPa級鋼材(引張強さ490~590MPa級)が開発され、その採用件数が増加しています。今後、さらに強度アップを図ったYP.630MPa級のいわゆるハイテン780鋼を採用する建築プロジェクトも計画されています。本稿では、YP.385~630MPa級建築構造用鋼に適した溶接材料の紹介と施工上の注意点について概説いたします。
 

2. 最近の建築用高性能鋼材

建築構造用鋼材の代表例を表1に示します。JIS規格以外の鋼種については、高炉メーカーによって、それぞれ国土交通省の大臣認定を取得していますので、同等材であっても下表の内容とは若干異なる場合があります。

表1 建築構造用鋼材の種類
種類
(名称)
強度
レベル
降伏強さ(下限)
(MPa)
引張強さ(下限)
(MPa)
吸収エネルギー
J
用途例
JIS SN490B、C1)
高い
3254) 490 ≧ 27(0℃) 柱材、梁材
BT-HT355B、C2) 355 520 ≧ 27(0℃) 柱材、梁材
BT-HT400C2) 400 490 ≧ 70(0℃) 柱材
TMCP385 B、C 385 550 ≧ 70(0℃) 柱材、梁材
SA440B、C3) 440 590 ≧ 47(0℃) 柱材、梁材
BT-HT500C2) 500 590 ≧ 70(0℃) 柱材
BT-HT630B、C2) 630 780 ≧ 47(0℃) 柱材、梁材
備考)網掛部分:特に近年開発された建築構造用鋼材を示す。
注1)記号BとCについて、記号Cは板厚方向絞り≧25%を付加する規格品
注2)新日本製鐵(株)の規格品
注3)建築構造用高性能570MPa級鋼材規格
注4)板厚により規定値が異なるが、上表は板厚が16~40mmの場合を示す。

3. 柱部材

(1)種類と製作
寸法および鋼種などに応じて、柱部材の製造方法が異なりますが、(1)冷間成形角形鋼管(以下、コラム)(2)四面ボックス(以下、ボックス)(3)円形鋼管に大別されます。以下に、ボックスの組立て手順を図1に示しますが、ダイアフラム溶接(エレクトロスラグ法)→孔明け→ダイアフラム溶接(同左)→角溶接(サブマージアーク溶接またはCO₂溶接)が標準的な順序です。

図1  ボックス柱の組立て
図1 ボックス柱の組立て

(2)溶接材料
ボックスの組立てに適した溶接材料を表2に示します。YP.385~500MPa級鋼材の角溶接には、板厚60mm程度であれば1ラン溶接が可能となる大入熱-高能率のサブマージアーク溶接材料(以下、SAW材料)を提供しています。一方、YP.630MPa級に対しては、ボックスでの実績はほとんどありませんが、鋼管製造で実績のある多層用の780MPa級SAW材料かCO₂溶接で施工が可能です。また、SAW材料は入熱管理条件等のニーズに応じて、2銘柄の中から選定できます。

また、ダイアフラム溶接については、YP.385~500MPa級に該当するエレクトロスラグ溶接材料(以下、ESW材料)を提供しています。しかしながら、YP.630級鋼材に対して、ESW材料を使用した場合には低温割れ発生などの課題があり、現状では次項に示すような通しダイアフラム形式とし、780MPa級のYM-80CによるCO₂溶接施工を提案しています。

また、YP.630MPa級の円形鋼管を製造する際、特に溶接後熱処理(以下、PWHT)に留意する必要があります。建築用の鋼管柱では、降伏比(=降伏強さ/引張強さ)の上限が設計要求に応じて制限されますので、成形時の加工量が大きければPWHTが必要となる場合があります。

その際、母材と比べてNi等の合金元素を多く含有する溶接金属においては、焼戻し脆化が顕著に現れます。一例として、図2にPWHTの影響度を示しますが、PWHTは溶接金属の衝撃性能にとって好ましいものではありませんので、必要最小限にとどめておくべきと考えられます。

表2 四面ボックス柱材用の日鉄溶接工業銘柄
(対象鋼材:YP.385~630MPa級)
適用箇所 溶接法
(該当規格)
対象鋼材(降伏強さ)
YP.385、YP.400 YP.440、YP.500 YP.630
ダイアフラム ESW1)
(JIS Z 3353)
YM-55HF×YF-15Ⅰ
(YES52×FS-FG3)
YM-60E×YF-15Ⅰ
(YES62×FS-FG3)
該当品なし
角継手 SAW 1パス1) Y-DL×NSH-60S Y-DM3L×NSH-60S 該当品なし
多層
(JIS Z 3183)
Y-DM3×NF-1
(S582-H)
Y-DM×NF-1
(S624-H4)
Y-80M×NB-250H2)
(S804-H4)
または
Y-80×NB-803)
(S804-H4)
仕口 CO₂
(JIS Z 3312)
YM-55Cシリーズ
(YGW18)
YM-60C
(大臣認定MWLD-0015)
YM-80C
(大臣認定MWLD-0009)
注1)板厚:60mm以下 ESW:エレクトロスラグ溶接の略
注2)入熱量:最大45kJ/cm、靭性重視タイプ SAW:サブマージアーク溶接の略
注3)入熱量:最大70kJ/cm、強度重視タイプ CO₂:炭酸ガスシールドアーク溶接の略
 
図2 HT 780級サブマージアーク溶接金属の靭性とPWHT条件との関係
図2 HT 780級サブマージアーク溶接金属の靭性とPWHT条件との関係

4. 鉄骨組立て

(1)種類
ダイアフラムの形式によって図3のように大別されますが、柱-ダイアフラム(コア)および柱-梁(仕口)の組立てにはガスシールドアーク溶接法(ソリッド、フラックス入りワイヤ)が適用されています。最近では、ロボット導入によりコアや仕口の溶接自動化が図られています。ちなみに、コラムの場合には同図(a)、ボックスでは(b)の形式が用いられています。

 図3 ダイアフラム形式
図3 ダイアフラム形式

(2)溶接材料
上記のYP.385~630MPa級建築構造用鋼用溶接材料については、基本的には対象となる母材の降伏強さならびに引張強さの規格下限値を下回らないような溶接JIS規格品の要求があり、これに該当する当社製品と施工管理条件例を表3に示します。なお、角形鋼管のコア溶接には、母材コーナー部の強度増分を参酌して、強度レベルが1ランク上の溶接材料を選定しています。YP.500鋼材に適用するソリッドワイヤに関しては、国土交通省の大臣認定を取得した590MPa級のYM-60Cで施工が可能となっていますが、強度的な視点からワイヤ径毎に標準条件範囲を設定しています(図4)。同図に示す適正範囲は、建築構造用高性能590MPa級鋼材(降伏強さ≧440MPa)を対象とする標準条件(40kJ/cm-250℃)に比べ、YP規格が高い分だけ狭くなっています。また、ワイヤ径が大きくなれば、より適正範囲が狭くなります。

ところで、通常の建築鉄骨組立て作業では、YGW18のソリッドワイヤが主流ですが、現場工事での立向姿勢が必要な溶接箇所では、全姿勢溶接用フラックス入りワイヤのニーズがあります。これに応え、550MPa級の耐吸湿性に優れるシームレスタイプのSF-55(JIS Z 3313 T550T1-1CA-G-UH5該当)を開発しました。その基本設計は、耐割れ性の重視の観点から割れ感受性を高める元素(含、水素)を極力低減し、かつ適切に合金元素を添加することでJASS6(建築工事標準仕様書鉄骨工事)を基準とした入熱- パス間温度範囲においても所定の強度・靭性を確保しています。

表3 ガスシールドアーク溶接用の日鉄溶接工業銘柄
(対象鋼材:YP.385~630MPa級)
対象鋼材 溶接
箇所
品名 日鉄溶接工業
銘柄(規格/認定)
管理条件
入熱量
kJ/cm
パス間温度
予熱温度1)
YP.385
YP.400
鋼板
(ボックス)
または
円形鋼管
コア
仕口
ソリッドワイヤ
(JIS Z 3312)
YM-55C
YM-55C(Y)
YM-55C(R)
(YGW18)
15~30 250以下 予熱なし
フラックス入り
ワイヤ
(JIS Z 3313)
SF-55
(T550T1-1CA-G-UH5)
冷間成形
角形鋼管
コア ソリッドワイヤ
(JIS Z 3312)
YM-60C
(大臣認定MWLD-0015)
15~30 250以下 予熱なし
YP.440 鋼板
(ボックス)
または
円形鋼管
コア
仕口
ソリッドワイヤ
(JIS Z 3312)
YM-60C
(大臣認定MWLD-0015)
15~40 250以下 予熱なし
フラックス入り
ワイヤ
(JIS Z 3313)
SF-60
(T59J1T1-1CA-N2M1-UH5)
冷間成形
角形鋼管
コア ソリッドワイヤ
(JIS Z 3312)
YM-70C
(大臣認定MWLD-0009)
9~27 250以下 55℃以上
YP.500 鋼板
(ボックス)
または
円形鋼管
コア
仕口
ソリッドワイヤ
(JIS Z 3312)
YM-60C
(大臣認定MWLD-0015)
図4 参照 30℃以上
フラックス入り
ワイヤ
(JIS Z 3313)
SF-60
(T59J1T1-1CA-N2M1-UH5)
15~35 200以下
コア
仕口
ソリッドワイヤ
(JIS Z 3312)
YM-80C
(大臣認定MWLD-0009)
15~30 150以下 80℃以上
注1)目安の予熱温度。ただし、予熱温度の確認試験等を行い、別途定めることができる。

 (a)ワイヤ径1.2Φの場合 (b)ワイヤ径1.4Φの場合
 
記号 区 分 板厚
0.2%耐力≧500N/mm²     引張強さ590~740N/mm² 25mm
0.2%耐力:500N/mm²未満  引張強さ590~740N/mm²
× 0.2%耐力:500N/mm²未満  引張強さ590~740N/mm²未満
0.2%耐力≧500N/mm²     引張強さ590~740N/mm² 20mm
0.2%耐力:500N/mm²未満  引張強さ590~740N/mm²
× 0.2%耐力:500N/mm²未満  引張強さ590~740N/mm²未満
図4 YM-60Cの標準条件範囲(ワイヤ径毎の入熱・パス間温度の管理範囲)

(3)施工上の注意点
鋼材の高強度化実現には、熱加工制御法(以下、TMCP)と呼ばれる圧延技術の活用により合金元素の添加量が抑えられ、いわゆる低温割れ感受性が高くならないようにと溶接施工性の向上が図られています。一方、溶接材料においては、基本的に合金添加により高強度化と能率性を実現していますので、強度増加に伴い溶接金属自身での低温割れを発生する傾向が強くなります。当社では、このような視点から溶接金属の化学組成と拡散性水素量に着目し、極力、健全な溶接施工が可能となるような製品の改良・開発に努めて参りましたが、それでも590MPa級以上の溶接材料を使用する際には、適切な予熱・パス間温度の維持管理に留意する必要があります。

予熱温度は、ガスシールドアーク溶接法ではJIS Z 3183の斜めY形溶接割れ試験方法により、またサブマージアーク溶接法ではU形多層溶接割れ試験方法等によって、割れが生じない温度または安全サイドの視点から20~30℃高い温度を適切とするのが一般的です。

さらに、厚肉部材の溶接においては、溶着量の増加につれて水素が蓄積される傾向が強くなりますので、板厚が60mm程度を超える場合には、溶接完了直後の熱処理(一例、150℃×2hr)を併用することが望ましいと考えられます。

また、溶接入熱量およびパス間温度に関しては、鋼材ならびに溶接材料の溶接施工技術指針などに基づいて、上限値の一例を表3に示しています。

5. おわりに

降伏強さで385~630MPa級建築構造用の高強度厚肉部材の溶接において、要求される機械的性能を確保し、かつ施工性が優れた製品ラインアップと施工上の留意点を概説いたしました。読者各位におかれましては、これを参考として当社製品を活用していただければ幸甚です。