技術情報溶接Q&A
F062「東京スカイツリー®」建設工事に使用されている溶接材料について(高降伏点鋼用溶接材料)
1. はじめに

現在、東京墨田区業平橋・押上地区では、高さ634mの超高層タワーである「東京スカイツリー」(以下、新タワー建設工事)の建設が進められています1)。2008年7月の着工以来、2009年2月には建方が開始され、2010年8月末には約440mまで組み上げられています。
今後は、2011年12月の竣工を目指して、高さ450m付近に第二展望施設が据え付けられ、さらに頂上部にはアンテナ用鉄塔(以下、ゲイン塔)が組み上げられる計画ですが、完成の暁には地上波デジタル放送の電波塔として、また世界に誇るシンボルタワーになるものと期待されています。
メインの塔体はパイプ構造で各種鋼管が使用されますが、新タワー建設工事では降伏強さが400および500MPa級の高降伏点鋼(以下、YP400およびYP500)が採用されています。また、基部の要所には、最大径2.3m - 肉厚100mmといった巨大な鋼管柱が採用されています。
さらに、ゲイン塔の設計には降伏強さ630MPa、引張強さ780MPa級の高強度鋼管が指定されており、鋼材ミルメーカーの一つ、新日本製鐵(株)からは降伏強さ700MPa、引張強さ780MPaのYP700(以下YP700)が供給されています。
本建設プロジェクトは、(1)高強度厚肉材を採用、(2)柱-ブレースの連結に分岐継手を採用、(3)現場溶接施工においては前人未到の高所作業となる等、材料面および施工面でも注目されているビッグプロジェクトです。
本プロジェクトで使用される溶接材料としては、鋼管を製造するためのサブマージアーク溶接材料、また工場および現場での組立てに使用するソリッドおよびフラックス入りワイヤの半自動用溶接材料が挙げられます。
当社においては、溶接材料のサプライヤーとして、本プロジェクトでの要求性能を満足し、かつ健全な溶接施工が可能となるような製品の改良・開発に努めてまいりました。本稿では、これら溶接材料について紹介いたします。
注1)
・発注者:東武タワースカイツリー(株)
・設計・監理:(株)日建設計
・施工:(株)大林
・組鉄骨製作(1工区):(株)巴コーポレーション、新日鉄エンジニアリング(株)
注2)
引用文献:(株)鋼構造出版発行 月刊『鉄構技術』2009年3月号p22-25(右横の矢印は、本ページ作成時の直近の高さを記載)
2. 使用されている建築構造用鋼管
新タワーに主として使用される建築構造用鋼管の種類と性能例を表1に示します。各高炉メーカーにより、下表の内容とは若干異なる場合があります。
表1 東京スカイツリーに使用されている建築構造用鋼管の諸元〈新日本製鐵(株)の例
種類 (略称) |
強度 レベル |
最大肉厚 (mm) |
降伏強さ (MPa) |
引張強さ (MPa) |
衝撃性能、VET (J) |
主な適用部位 |
JIS STKN490B | ![]() (高い) |
36 | 325~475 | 490~640 | ≧27(0℃) | ブレースなど |
YP400 | 60 | 400~600 | 490~640 | ≧70(0℃) | 柱など | |
YP500 | 100 | 500~700 | 590~740 | ≧70(0℃) | 柱など | |
YP700 | 80 | 700~900 | 780~980 | ≧47(-20℃) | ゲイン塔柱 |
3. 工事の概要
厚板から鋼管の製造(以下、造管)、分岐継手の工場組立て、および現地組立ての建設工事例の流れを図2に示します。なお、鋼管の製造については何種類かの方法がありますが、本稿で主題にしている高強度厚肉タイプの鋼管は、同図に示すプレス曲げ製法(一部、ロール曲げを採用)で造管されています。工 程 | 製造工程の模式図 | ||
厚板製造 | ![]() |
||
造 管 (2シームの例) |
![]() |
||
工場溶接 | ![]() |
図2 製作工程の流れ〈1〉
図2 製作工程の流れ〈2〉
工 程 | 製造工程の模式図 | ||
現場溶接 | ![]() |
4. 溶接材料
(1)製品ラインアップ
新タワー建設工事においては、使用する溶接材料規格が、各鋼材の降伏強さならびに引張強さの規格下限値を下回らないような要求がありました。ところが、前述のようなYP400およびYP500の新しく開発された鋼材規格に対し、当時の溶接用ソリッドワイヤ(JIS Z 3312)およびフラックス入りワイヤ(JIS Z 3313)の溶接規格では僅かながらアンダーマッチングとなっていました。特に、YP500鋼管同士の溶接に適用するソリッドワイヤに関しては、旧JIS規格のYGW21該当品では上記の要求を満足できませんでしたので、当社としては590MPa級ソリッドワイヤYM-60Cを対象に国土交通省の大臣認定を取得して対応しました。新タワー建設工事向けに出荷している当社製品例を表2に示します。現時点では、JIS Z 3312およびZ 3313の溶接規格はYP400およびYP500の鋼材規格に合致するように改定されています。
ところで、通常の建築鉄骨の組立て作業では、ソリッドワイヤが主流で使われていますが、新タワー建設工事では分岐継手や斜材の周溶接が多いことから、550MPa級の全姿勢溶接用フラックス入りワイヤのニーズがありました。当社ではこれに応え、シームレスタイプのSF-55(旧JIS Z 3313 YFW-C55DR該当)を開発しました。その基本設計は、耐割れ性重視の観点から割れ感受性を助長する元素を極力低減しています。
さらに、造管時のシーム溶接に適用するサブマージアーク溶接材料に関しては、厚肉鋼管では溶接量が増加することから狭開先化が望まれます。当社ではこれに応え、スラグ剥離性が良好な溶融型フラックス「NF-1(JIS Z 3352 FS-FG3該当)」を標準的なフラックスとして選定し、組合せワイヤとしてYP400鋼用にはY-DまたはY-DM3、YP500鋼用にはY-DMを選別しています。
(2)品質管理
上記のような高強度厚肉部材の溶接では、一般鋼の施工とは異なり、厳格な予熱・パス間温度ならびに入熱量の管理が必要となりますが、施工性からいえばこれらを緩和できる溶接材料が望まれます。当社では、溶接材料自体の水素源を低く抑えることで低温割れに大きな影響を及ぼす拡散性水素量を極力少なくし、予熱管理緩和の要望に応えています。
例えば、ワイヤ表面に付着した潤滑油は送給性を良好にする働きがありますが、一方で水素源となります。そのため、ワイヤ製品群に対しては、その油量が高くならないように管理体制を強化しました。また、当社のシームレス・フラックス入りワイヤ(以下、SFワイヤ)は耐吸湿性に優れており、その優位性を生かしながら、さらなる低水素化に取り組みました。製造段階での水素源を極力減少させ、拡散性水素量として4ml/100g以下を実現しています。これは、市販品の3分の2以下のレベルに相当します。
さらに、SFワイヤは銅めっきが施されていますので、簡易包装であっても耐錆び性に優れています。現場工事向けには、粗大ゴミとなるカートン箱を省略し、需要家のエコ活動を支援しています。
新タワー建設工事においては、使用する溶接材料規格が、各鋼材の降伏強さならびに引張強さの規格下限値を下回らないような要求がありました。ところが、前述のようなYP400およびYP500の新しく開発された鋼材規格に対し、当時の溶接用ソリッドワイヤ(JIS Z 3312)およびフラックス入りワイヤ(JIS Z 3313)の溶接規格では僅かながらアンダーマッチングとなっていました。特に、YP500鋼管同士の溶接に適用するソリッドワイヤに関しては、旧JIS規格のYGW21該当品では上記の要求を満足できませんでしたので、当社としては590MPa級ソリッドワイヤYM-60Cを対象に国土交通省の大臣認定を取得して対応しました。新タワー建設工事向けに出荷している当社製品例を表2に示します。現時点では、JIS Z 3312およびZ 3313の溶接規格はYP400およびYP500の鋼材規格に合致するように改定されています。
ところで、通常の建築鉄骨の組立て作業では、ソリッドワイヤが主流で使われていますが、新タワー建設工事では分岐継手や斜材の周溶接が多いことから、550MPa級の全姿勢溶接用フラックス入りワイヤのニーズがありました。当社ではこれに応え、シームレスタイプのSF-55(旧JIS Z 3313 YFW-C55DR該当)を開発しました。その基本設計は、耐割れ性重視の観点から割れ感受性を助長する元素を極力低減しています。
さらに、造管時のシーム溶接に適用するサブマージアーク溶接材料に関しては、厚肉鋼管では溶接量が増加することから狭開先化が望まれます。当社ではこれに応え、スラグ剥離性が良好な溶融型フラックス「NF-1(JIS Z 3352 FS-FG3該当)」を標準的なフラックスとして選定し、組合せワイヤとしてYP400鋼用にはY-DまたはY-DM3、YP500鋼用にはY-DMを選別しています。
(2)品質管理
上記のような高強度厚肉部材の溶接では、一般鋼の施工とは異なり、厳格な予熱・パス間温度ならびに入熱量の管理が必要となりますが、施工性からいえばこれらを緩和できる溶接材料が望まれます。当社では、溶接材料自体の水素源を低く抑えることで低温割れに大きな影響を及ぼす拡散性水素量を極力少なくし、予熱管理緩和の要望に応えています。
例えば、ワイヤ表面に付着した潤滑油は送給性を良好にする働きがありますが、一方で水素源となります。そのため、ワイヤ製品群に対しては、その油量が高くならないように管理体制を強化しました。また、当社のシームレス・フラックス入りワイヤ(以下、SFワイヤ)は耐吸湿性に優れており、その優位性を生かしながら、さらなる低水素化に取り組みました。製造段階での水素源を極力減少させ、拡散性水素量として4ml/100g以下を実現しています。これは、市販品の3分の2以下のレベルに相当します。
さらに、SFワイヤは銅めっきが施されていますので、簡易包装であっても耐錆び性に優れています。現場工事向けには、粗大ゴミとなるカートン箱を省略し、需要家のエコ活動を支援しています。
表2 東京スカイツリー建設工事向け溶接材料例
対象鋼種 | 適用 | 品名 | 日鉄溶接工業銘柄 | 溶着金属の化学成分(%) | 降伏 強さ (MPa) |
引張 強さ (MPa) |
伸び (%) |
衝撃性能 VET(J) |
|||||
該当規格1) | C | Si | Mn | Mo | その他 | ||||||||
YP400 | 工場 溶接 現場 溶接 |
ソリッドワイヤ | YM-55C | JIS Z 3312 YGW18 | 0.07 | 0.50 | 1.13 | 0.18 | ─ | 630 | 670 | 28 | 150 (0℃) |
YM-55C(Y) | 0.06 | 0.54 | 1.32 | 0.01 | ─ | 570 | 640 | 30 | 140 (0℃) |
||||
フラックス入り ワイヤ |
SF-55 | JIS Z 3313 YFW-C55DR (T550T1-1CA-G-UH5) |
0.06 | 0.40 | 1.28 | 0.15 | ─ | 560 | 629 | 25 | 94 (0℃) |
||
造管 | サブマージアーク 溶接材料 |
NF-1× Y-D |
JIS Z 3183 S502-H |
0.09 | 0.27 | 1.38 | ─ | ─ | 515 | 555 | 34 | 193 (0℃) |
|
NF-1× Y-DM3 |
JIS Z 3183 S582-H |
0.07 | 0.20 | 1.50 | 0.20 | ─ | 550 | 600 | 29 | 140 (0℃) |
|||
YP500 | 工場 溶接 現場 溶接 |
ソリッドワイヤ | YM-60C | 大臣認定 MWLD-0015 |
0.07 | 0.38 | 1.38 | 0.35 | ─ | 591 | 664 | 27 | 111 (-5℃) |
フラックス入り ワイヤ |
SF-60 | JIS Z 3313 YFW-C60FR (T59J1T1-1CA-N2M1-UH5) |
0.05 | 0.53 | 1.55 | 0.01 | Ni:0.52 | 601 | 639 | 27 | 96 (-5℃) |
||
造管 | サブマージアーク 溶接材料 |
NF-1× Y-DM |
JIS Z 3183 S624-H4 |
0.10 | 0.18 | 1.39 | 0.52 | ─ | 640 | 670 | 27 | 110 (0℃) |
|
YP700 | 造管 | サブマージアーク 溶接材料 |
NB-250H× Y-80M |
JIS Z 3183 S804-H4 |
0.07 | 0.19 | 1.41 | 0.52 | Ni:2.18 Cr:0.56 |
730 | 830 | 29 | 120 (-40℃) |
NB-80× Y-80 |
JIS Z 3183 S804-H4 |
0.07 | 0.20 | 1.54 | 0.38 | Ni:2.06 Cr:1.05 |
720 | 870 | 21 | 110 (-20℃) |