NIPPON STEEL日鉄溶接工業株式会社

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技術情報溶接Q&A

F085ニッケル系高耐候性鋼用溶接材料

1. はじめに1)3)

前回、橋梁を中心に多くの構造物に適用されている耐候性鋼用溶接材料を紹介しました。今回はさらに耐食性の高い、ニッケル系高耐候性鋼用溶接材料について紹介します。

日本の主要地域のほとんどは海岸線に近く、重要な交通経路も海岸から近いケースが多くあります。一方、海岸近くの環境は塩害を受けるため、適用材料に高い耐食性が要求されます。そこで1981~1993年にかけて建設省土木研究所、鋼材倶楽部、日本橋梁建設協会の三者で、長期的な全国暴露試験が行われ1)、その検討結果は平成14年の道路橋示方書・同解説に解説されました。主な内容は、JIS G 3114に規定される溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材は、飛来塩分量が0.05mdd(mg/dm²/day、1日に100cm²面積に飛来するNaClが0.05mg)を超えない地域のみ無塗装で使用できるというものです。そのため、0.05mddを超える塩分が飛来する地域では、塗装等の防せい防食が必要となります。

日本製鉄(株)では、このような課題に注目し、0.05mddを超える地域においても無塗装で使用できる耐塩害性を高めたニッケル系高耐候性を世界で初めて開発し、1998年に実構造物へ適用されました。

図1 JIS 耐候性鋼材を無塗装で使用する場合の適用地域7)
図1 JIS 耐候性鋼材を無塗装で使用する場合の適用地域7)

2. ニッケル系高耐候性鋼のさびについて

海岸線に近い地域に適用できる新たな耐候性鋼の開発には、種々の成分検討が行われました。その結果、耐候性に必須と考えられていたクロム(Cr)は、塩分の強い臨海部の環境ではかえって良くないという結果が確認され、一方で図2に示すようにニッケル(Ni)の添加が非常に有効であるということがわかりました。この知見をもとに、ニッケル添加量を増やし、高飛来塩分地域での耐候性に有害なクロムを無添加としたニッケル系高耐候性鋼が開発されました2)

JIS耐候性鋼は、クロムなどの元素が濃縮した緻密な非晶質層の保護性さびを形成して腐食を防止します。しかし高飛来塩分地域では、図3の左図に示すようにクロムが濃化した内層さびに塩化物イオンが集まり、結露水と反応して塩酸を形成し腐食性を高めます。そのため、さびを持ってさびを制する仕組み(緻密なさびの発生による腐食の抑制)が、本地域では機能しないことになります。

一方、ニッケル系高耐候性鋼の場合、内層さびに濃化したニッケルが飛来塩分に含まれるナトリウムイオンを吸着する特性を持ち図3の右図のように、地鉄界面をアルカリ化して腐食を防止します3)4)。このように環境に適したさびを形成することで、高飛来塩分地域においても無塗装で使用することが可能となっています。
図2 耐候性に及ぼすNi 添加量の影響2) (君津岸壁暴露試験9 年)
図2 耐候性に及ぼすNi添加量の影響2)
(君津岸壁暴露試験9年)

図3 地鉄界面アルカリ化によるさび機能制御原理
図3 地鉄界面アルカリ化によるさび機能制御原理

さびは二層構造で、内層さびが安定してしっかりしていると腐食が進行しない。
ニッケル系高耐候性鋼は、ナトリウムイオン(Na+)が、アルカリ性の水酸化ナトリウムになって腐食の進行を防ぐ構造となっている。

 

3. ニッケル系高耐候性鋼

日本製鉄(株)のニッケル系高耐候性鋼板の規格を表1及び表2に示します。本鋼種は、ニッケル添加量を増加し、クロムを無添加としているため化学成分はJIS G 3114(JIS 耐候性鋼)と異なりますが、その他は全てJISに従っています。そのため相当JISの表記は、「-MOD-V 12」または「-MOD-V 15」が追加されます。(例:JIS G 3114 SMA490BW-MOD-V 15)

ラインナップは、適用環境、要求性能に合わせ、1%Ni、3%Niの2種類の鋼板があり、耐候性能は、JIS耐候性鋼 → 1%Ni高耐候性鋼(V 12)→ 3%Ni高耐候性鋼(V 15)の順に高くなります。また表中のV値は耐候性合金指標を示し、高いほど耐候性能が高いことを示します5)
 
表1 日本製鉄(株)のニッケル系高耐候性鋼板の種類2)
材料 相当JIS 表記 日本製鉄(株)規格表記
1%Ni(V12) SMA400W-MOD-V12 NAW-TEN12-400
SMA490W-MOD-V12 NAW-TEN12-490
SMA570W-MOD-V12 NAW-TEN12-570
3%Ni(V15) SMA400W-MOD-V15 NAW-TEN15-400
SMA490W-MOD-V15 NAW-TEN15-490
SMA570W-MOD-V15 NAW-TEN15-570
(注)* シャルピー吸収エネルギー要求レベルに応じ、”A”、”B”、”C”と表記する。

表2 日本製鉄(株)のニッケル系高耐候性鋼板の規格2)
材料 日本製鉄(株)
規格記号
化学成分(%) 引張性能 衝撃性能
C Si Mn P S Cu Ni Cr V 耐力
(MPa)
引張強さ
(MPa)
吸収
エネルギー
(J)
1%Ni
V12)
NAW-TEN12-400A
NAW-TEN12-400B
NAW-TEN12-400C
0.18
以下
0.35
以下
1.40
以下
0.035
以下
0.035
以下
0.50

1.00
0.70

1.70
0.08
以下
1.20
以上
235以上 400~540
0℃:27 以上
0℃:47 以上
NAW-TEN12-490A
NAW-TEN12-490B
NAW-TEN12-490C
0.55
以下
1.60
以下
355以上 490~610
0℃:27 以上
0℃:47 以上
NAW-TEN12-570 450以上 570~720 -5℃:47以上
3%Ni
V15)
NAW-TEN15-400A
NAW-TEN15-400B
NAW-TEN15-400C
0.18
以下
0.15

0.65
1.25
以下
0.035
以下
0.035
以下
0.30

0.50
2.50

3.50
0.08
以下
1.50
以上
235以上 400~540
0℃:27 以上
0℃:47 以上
NAW-TEN15-490A
NAW-TEN15-490B
NAW-TEN15-490C
1.40
以下
355以上 490~610
0℃:27 以上
0℃:47 以上
NAW-TEN15-570 450以上 570~720 -5℃:47以上
(注)※ 板厚は16を超え40mm以下の場合。
● NAW-TEN®は、新日鐵住金(株)の登録商標です。
● V値=1/{(1.0-0.16C)×(1.05-0.05Si)×(1.04-0.016Mn)×(1.0-0.5P)×(1.0+1.9S)×(1.0-0.10Cu)×(1.0-0.12Ni)×(1.0-0.3Mo)×(1.0-1.7Ti)}
ただし、0.9 ≦V≦ 2.5  

4. ニッケル系高耐候性鋼用溶接材料

ニッケル系高耐候性鋼の溶接材料は、鋼材と同様に耐候性に有効なニッケルを含有しています。

当社では、各ニッケル系高耐候性鋼に合わせた溶接材料のラインナップがあり、その一覧を表3に示します。また特長と規格を表4に、溶着金属性能例を表5に示します。

ニッケルの添加は、一般的に低温じん性を大きく向上させることが知られており、低温用鋼用の溶接材料にはニッケルを含有しています。そのためニッケル系高耐候性鋼用溶接材料の中には、低温用鋼用と兼用できる銘柄があり、銘柄名の統一性にやや欠ける点がありますがご容赦ください。

表3 ニッケル系高耐候性鋼用溶接材料一覧
鋼 材 鋼 種
(引張強さ)
被覆アーク溶接棒 ソリッドワイヤ フラックス入りワイヤ サブマージアーク溶接材料
全姿勢 全姿勢 すみ肉 突合せ すみ肉
1%Ni系
V12)
400MPa 級
490MPa 級
N-11 YM-1N SF-50WLN NF-320M × Y-204B NF-820 ×Y-204B
570MPa 級 L-60S YM-70C SF-60T
3%Ni系
V15)
400MPa 級
490MPa 級
CT-50N YM-3N SF-50WN SM-50FWN NF-320M × Y-3NI NF-820 ×YM-3NI
570MPa 級 CT-60N SF-60WN SM-60FWN NB-55LM × YM-3NI

表4 ニッケル系高耐候性鋼用溶接材料の特長と規格
銘 柄 特 長 JIS 該当AWS
N-11 全姿勢(-45 ~ -60℃の低温用鋼用)
低水素系で耐割れ性及び機械性能に優れる。
Z 3211
E5516-3N3APL該当
A5.5
E8016-G
L-60S 全姿勢、570MPa級鋼用(-45℃の低温用鋼用)
低水素系で耐割れ性及び機械性能に優れる。
Z 3211
E5716-G
A5.5
E8016-G
CT-50N 全姿勢
低水素系で耐割れ性及び機械性能に優れる。
Z 3211
E4916-G該当
A5.5
E7016-G
CT-60N 全姿勢、570MPa級鋼用
低水素系で耐割れ性及び機械性能に優れる。
Z 3211
E5716-G該当
A5.5
E8016-G
YM-1N 下向・水平すみ肉(-60℃の低温用鋼用)
Ar+10%CO₂用
Z 3312
G57AP6MN2M1T
A5.28
ER80S-G
YM-70C 下向・水平すみ肉、570MPa級鋼用
CO₂用
Z 3312
G69A2UCN4M3T
A5.28
ER100S-G
YM-3N 下向・水平すみ肉、570MPa級鋼用(-60℃の低温用鋼用)
Ar+20%CO₂用
Z 3312
G49AP6UMN7
A5.28
ER80S-G
SF-50WLN 全姿勢、CO₂用
ルチール系シームレスFCWで耐割れ性に優れる。
A5.36
E81T1-C1A0-K2
SF-60T 全姿勢、CO₂用、570MPa級鋼用
ルチール系シームレスFCWで耐割れ性に優れる。
Z 3313
T59J1T1-1CA-G-UH5
A5.36
E81T1-C1A0-K2
SF-50WN 全姿勢、CO₂用
ルチール系シームレスFCWで耐割れ性に優れる。
A5.36
E71T1-C1A0-G
SF-60WN 全姿勢、CO₂用、570MPa級鋼用
ルチール系シームレスFCWで耐割れ性に優れる。
A5.36
E81T1-C1A0-Ni3
SM-50FWN 下向・水平すみ肉、CO₂用
メタル系シームレスFCWで耐割れ性に優れる。
A5.36
E70T1-C1A0-Ni2
SM-60FWN 下向・水平すみ肉、CO₂用、570MPa級鋼用
メタル系シームレスFCWで耐割れ性に優れる。
A5.36
E80T1-C1A0-Ni2
NF-320M × Y-204B 下向突合せ、570MPa級鋼用
溶融フラックスで溶接作業性に優れる。
NF-820 × Y-204B 下向・水平すみ肉、570MPa級鋼用
溶融フラックス(軽石状)ですみ肉の溶接作業性に優れる。
NF-320M × Y-3NI 下向突合せ
溶融フラックスで溶接作業性に優れる。
NF-820 × Y-3NI 下向・水平すみ肉
溶融フラックス(軽石状)ですみ肉の溶接作業性に優れる。
NB-55LM × Y-3NI 下向突合せ、570MPa級鋼用
ボンドフラックスで機械性能に優れる。

表5 ニッケル系高耐候性鋼用溶接材料の溶着金属性能一例
銘 柄 化学成分(%) 引張性能 衝撃性能
C Si Mn P S Cu Ni Mo V 耐力
(MPa)
引張強さ
(MPa)
伸び
(%)
温度
(℃)
vE
(J)
N-11 0.07 0.60 1.15 0.012 0.005 - 1.50 - 1.22 510 611 29 -50 105
L-60S 0.05 0.53 1.12 0.012 0.003 - 1.54 0.16 1.31 552 628 27 -45 188
CT-50N 0.06 0.55 0.63 0.011 0.003 - 3.12 - 1.61 532 609 30 0 230
CT-60N 0.04 0.60 0.70 0.012 0.003 0.36 3.54 - 1.82 526 616 30 -5 190
YM-1N 0.05 0.35 1.12 0.003 0.006 0.20 0.99 0.23 1.22 548 620 25 -60 94
YM-70C 0.07 0.53 1.24 0.005 0.005 0.22 1.48 0.44 1.45 678 751 23 -20 72
YM-3N 0.05 0.25 0.71 0.007 0.005 0.23 3.21 - 1.74 552 615 25 -60 172
SF-50WLN 0.04 0.44 1.31 0.013 0.004 0.24 1.43 - 1.32 561 625 26 0 143
SF-60T 0.05 0.45 1.41 0.013 0.004 0.26 1.18 0.08 1.24 582 648 23 -5 65
SF-50WN 0.04 0.28 0.51 0.010 0.007 0.32 2.73 - 1.54 458 537 27 0 130
SF-60WN 0.04 0.45 0.91 0.009 0.005 0.29 2.58 - 1.52 570 630 28 -5 93
SM-50FWN 0.04 0.35 0.75 0.013 0.008 0.31 2.57 - 1.51 457 539 28 0 114
SM-60FWN 0.04 0.50 0.87 0.010 0.003 0.30 2.59 - 1.53 520 590 28 -5 82
NF-320M × Y-204B 0.05 0.55 1.68 0.014 0.007 0.10 0.97 0.37 1.29 643 681 24 -20 118
NF-820 × Y-204B 0.04 0.60 1.75 0.013 0.008 0.10 0.93 0.40 1.27 654 691 22 -20 65
NF-320M × Y-3NI 0.04 0.20 0.76 0.008 0.005 0.14 2.98 - 1.50 480 550 30 0 184
NF-820 × Y-3NI 0.03 0.58 1.26 0.009 0.006 0.13 2.96 - 1.53 490 580 23 0 66
NB-55LM × Y-3NI 0.08 0.26 1.31 0.010 0.005 0.28 2.93 - 1.54 530 660 31 -5 150
  

5. ニッケル系高耐候性鋼の溶接上の注意点

ニッケル系高耐候性鋼は、ニッケルを含有するためSM490などの一般鋼に比べ、炭素等量Ceq及び溶接割れ感受性組成PCMがやや高くなる傾向にあります。しかしJIS耐候性鋼と比較すると、ニッケル系高耐候性鋼の方が低Ceq、低PCMとなっており、低温割れが生じにくいため6)、予熱温度を低くできる長所があります。具体的な予熱温度は、表7に示すPCM値と予熱温度の標準7)をご参照ください。

一方、ニッケルの添加は、高温割れ感受性を高めることが知られており8)、突合せ溶接の初層に割れが生じやすく、電流を低くするなどの注意が必要です。

表6 ニッケル系高耐候性鋼の溶接施工上の注意点
項 目 注意点
低温割れ防止 ● 割れ防止の観点から最小入熱は、下向・横向溶接:15kJ/cm以上、立向:20kJ/cm以上を目安としてください。
● 被覆アーク溶接棒及びSAWフラックスは、使用前に乾燥してください。
溶接材料の
管理
● 被覆アーク溶接棒は、使用前に350 ~ 400℃×1時間乾燥してください。
● メルトフラックス(NF-320M、NF-820)は、200 ~ 350℃×1時間乾燥してください。
● ボンドフラックス(NB-55LM)は、使用前に250 ~ 350℃×1時間乾燥してください。
● ソリッドワイヤ、シームレスフラックス入りワイヤ及びSAWワイヤは、さびが生じないよう、湿度の低い溶接材料倉庫で保管してください。
高温割れ防止 ● サブマージアーク溶接では、
  初層の高温割れ防止の観点から、
  ワイヤ径4.0mmΦ:500A以下(入熱は30kJ/cm以下)
  ワイヤ径4.8mmΦ:600A以下(入熱は30kJ/cm以下)を目安としてください。

表7 PCM値と予熱温度の標準7)
PCM(%) 溶接方法 予熱温度(℃)
板厚区分(㎜)
t ≦ 25 25 < t ≦ 40 40 < t ≦ 100
0.21 SMAW 予熱なし 予熱なし 予熱なし
GMAW、SAW 予熱なし 予熱なし 予熱なし
0.22 SMAW 予熱なし 予熱なし 予熱なし
GMAW、SAW 予熱なし 予熱なし 予熱なし
0.23 SMAW 予熱なし 予熱なし 50
GMAW、SAW 予熱なし 予熱なし 予熱なし
0.24 SMAW 予熱なし 予熱なし 50
GMAW、SAW 予熱なし 予熱なし 予熱なし
0.25 SMAW 予熱なし 50 50
GMAW、SAW 予熱なし 予熱なし 50
0.26 SMAW 予熱なし 50 80
GMAW、SAW 予熱なし 予熱なし 50
0.27 SMAW 50 80 80
GMAW、SAW 予熱なし 50 50
0.28 SMAW 50 80 100
GMAW、SAW 50 50 80
0.29 SMAW 80 100 100
GMAW、SAW 50 80 80

 

6. おわりに

今回、橋梁を中心に多くの構造物に適用されているニッケル系高耐候性鋼用溶接材料を紹介しました。溶接材料選定や施工上の注意点など、お客様のご参考になりましたら幸いです。

<参考文献>
1)無塗装耐候性橋梁の設計・施工要領(改訂案)、建設省土木研究所、鋼材倶楽部、日本橋梁建設協会(1993)
2)ニッケル系高耐候性鋼NAW-TENR、日本製鉄(株)商品カタログ
3)高耐候性鋼材「COR-TENR」NIPPON STEEL MONTHLY(2009.12)
4)海浜耐候性鋼の成分設計コンセプト創出、紀平、材料と環境49 巻(2000)
5)無塗装橋梁用鋼材の耐候性合金指標及び耐候性評価方法の提案、三木、土木学会論文集No.738(2003.7)
6)Ni 系高耐候性鋼の化学成分の現状、南、鋼構造論文集第20巻第77号(2013)
7)道路橋示方書・同解説
8)溶接鋼の高温割れについて、益本、溶接学会誌第39巻第6号(1970)